2022年3月25日金曜日

友人たちに、コロナで大変と言っていたら

いろいろ気を使ってくれて

贈り物が届いた。

ありがとーっ。


峯崎さんからいただいた物は


おやつとちゅーちゃんのおもちゃ。


それから、和菓子。

おいしかったよー。

ごちそうさま。


るるどさんからくまさんのケーキ。


くまさんぢゃなくて、カエルさんだったか....。


イカス!

ごちそうさままま。


高橋さんからお肉。


平田牧場のお肉はとてもおいしいの。

冷凍されているから、コロナのように

家からでれない時は、ほんとうにありがたい〜。

ごちになりましたっ。


2022年3月23日水曜日


うちでは、全員「府民共済」に入っている。

コロナの事も忘れかけた時

「府民共済」からお便りが届く。

コロナにかかって、入院した人、ホテルで隔離された人、

また、家で過ごしていた人は、同じ扱いになるので

保険金をお支払いするということだった。

会社を10日間休み、お給料がでない人や

アルバイトに出れなかった人

病院費用(これが、無料ではないのだった)に対しての

保証などなのかもしれない。

(濃厚接触者も同じく家から出てはいけないのだけど

コロナではないので、そこはちがう扱いのようだ)

ニュースは、コロナではなくて、地震でもなくて

ウクライナとロシアの戦争の話ばかりになっているけれど

ここ一ヶ月に起きたことは

なんだか夢の中で経験したことのように思えてならない...。


こんなにのんびりしていて

大変な思いをしている世界の人たちに

もうしわけないような気持ちになってしまった。


2022年3月19日土曜日


家族のコロナが5日間も過ぎた頃には熱もさがり

寝たきりだったのに

7日目までにはお風呂も入れて

少しずつ無駄な行動ができるようになってきた。

お弁当も残さず食べているし

後はゆっくりして、体を治せばと思った頃

最後の贈り物が「枚方市」から届く。


おーっ。

これはありがたいっ。

マスク、テイッシュペーパー、アルコール消毒、

熱さまシート、トイレットペーパー、ゴミ袋など。

コロナになると、鼻水をふいたティッシュなどは袋に入れて

空気感染しないようにしなければならないと言われたそうな。

あとは、会社にいくまで体力がもどってくれると

願いつつ過ごした日々であった。

まるで遠い昔のような、最近だったような

大変な時間であった。



2022年3月16日水曜日


最初は、夕方4時に

ピンポーン、ピンポーンと何度もインターフォンが鳴り


枚方市から二人分届く。

それから、別の袋には


明日の朝ごはんも入っていた。

おー、なんだか、楽しくなってきたぞー

と、最初は思っていた。

朝の10時くらいには、お昼ごはんが届く。


と、こんな感じで5日間続いた。

メニューは、毎日変えてくれていたのだけど

ほぼ脂っこいもので

ごはん多めであった。

最後には、つらくなってきて

私はどんどん食べられなくなってきた。

病人なら、尚つらいだろうなぁと思うが

うちの病人は、毎日残さずおいしそうにごはんを食べていた。

私の作ったもので慣れているのか...。



2022年3月11日金曜日

コロナで熱が下がった頃に、お弁当はやってきた。

1日に2回も届けてくださる。

ちゅーちゃんは、バイクの音で

「いつものお兄ちゃんが きたぞー」と

ワンワンと大騒ぎ。

あまりにもうるさいので


と、書いて貼ったのだが、メモにしたらいいかと

気が付いたのが遅かったせいか

次の日は雨...。

たった1日だけ、静かなちゅーちゃんであった。



2022年3月10日木曜日

最初にやってきたのは「大阪府」から。

大阪府からやってきたのは

一人分だけだったので

「濃厚接触者もコロナの患者も家を出てはいけないのに

ひとり分ですか?」

とお電話で問い合わせをするも

「決まりなんです」とのお答え。

あ、そう。


缶詰、おかゆ、ごはん、パルスオキシメーター

エナジードリンク、スープなどなど。

私は、書類に「お弁当」をまちがえて

「災害用の食料」を選んでしまったかしら...

この食料だと2日間ももたないなぁと...しばし呆然とした。

写真手前の赤い小さな四角いものは「ビスケットバー」と

書かれていて、どんなものかわからなかったので

開けて食べて見た。


こんな小さくても、ひとつ274kcal!!

えらいカロリーである。


あああ、これは砂糖たっぷりの「らくがん」。

英語だと、ビスケットなのだろうか...。



2022年3月8日火曜日

家族のコロナ決定で

コロナになりましたよーというご連絡を各所にしなければならない。

家族の会社にも、大阪府にもである。

(コロナ決定になると、何枚も書類が渡されて手続きする)

それと同時に、病院で「家の療養」か「病院」「ホテル」と

体の状態も考えて自分で選ぶ。

私は、この事を後から聞かされるのだが

なぜホテルにしなかったのかと、その後文句を言ったのであった。

私は、 心臓の病気をかかえているので

自分のことより私の体のことを考えてほしかった。

その後、家から出てはいけず

人と接触してもいけないので

来客はインターフォン越しに会話する。

さぁ、とりあえず家にある物でなんとか食べねば。

(この時、地震などの缶詰やらレトルトの

避難グッズが役に立った)

コロナの提出書類の中に

「お弁当」「冷凍お弁当」「災害用の食料」と

選ぶ項目があり、1つに丸をつけるようにと書いてあった。

何回かわからないし、いつからかわからないのだが

いただける気配なので

我が家は「お弁当」を選んだ。

冷凍食品は、冷凍庫にきつきつだったし

災害用のレトルト食料は、我が家にあったからだ。

(冷凍庫がきつくなかったら、冷凍食品を選んだと思う)
祝日、祭日があったりして役所仕事は進まず

何日もたって(熱も下がった頃)から、それはいきなりやってきた。

それは、コロナ決定の5日後だった。


遅すぎる...。

食料も尽きた頃だったので、ありがたいやら

...これが二人ともコロナだったら

どうしたんだろうと思うとゾッとした。

犬の世話だってあるんだし

私が倒れてたら、だれが世話をしてくれたんだろうと

つくづく恐ろしかった。


さらに続く。


2022年3月5日土曜日

コロナになってしまったらどうなるか

ここを読んでいるみなさんはご存じかしら。

(人、地域とそれぞれ違うとは思うけど)

まず、病院に行って検査していただき薬をいただく。

これがテレビニュースでやっているコロナの飲み薬ではないのだ。

ロキソニン、レバミピド、カロナール、メジコンなど

「風邪ですか?」というお薬なのだ。

家族は、特に重い病気にもかかったことがなく

強いて言えばぎっくり腰ぐらいな

健康な人だったせいで

コロナ用のお薬はもらえなかったのである。

(たくさん薬がないせいなのか...)


そして、陰性の私の手にもカロナールが渡されるのであった。

「うわぁ、もう不安しかない...」

私は持病があるからコロナになったら

発症して5日以内に薬を飲まないと重症化する可能性がある。

でも、これから5日間後にコロナになったとしても

コロナの薬は効かないので

これを飲みなさいと言うことで渡された薬だった。


そして、それからがものすごく大変であった...。

まず、その時から濃厚接触者もコロナ患者も外には出てはいけない。

発熱のあるコロナ患者は、10日間隔離で

無表情の人は、7日間と書かれたマニュアルを渡される。

えええ、私も外に出れないって...。

「ごはんとかどうするのおおお?」

なんである。

熱を出している人がいるのだから

なんとか食べられるものを調達しなくてはならない。

作らねばならないけれど、そりゃウーバーイーツでも

出前館でも病人食を持ってきてくれない。

病院に行って突然家から出るなと言われても。

冷凍庫と冷蔵庫をひっくり返して

「冷凍うどん」などの茹でなくても

レンジで簡単にできる消化の良いものやら

余ってた菜の花でからし和えとか

鯛汁や(ふるさと納税でいただいたもの)

豚汁などにご飯を入れておじやにしてみたり

白菜チャウダーのように消化しやすい物を

どうにか作っては、家族の部屋に運び

熱を測り、水分もたくさんとらせては

また次の食事をつくりと

ヘビーローティションで5日目には私がくたくたになって

倒れそうだった。

が、不思議となぜか熱もでない私。

気が張っているせいか

いつも低空飛行な体調も、変にパワフルなのであった。

つづく。


2022年3月3日木曜日

上の絵は、謹慎中に書いてた絵である。

もう、かれこれ半月前に家族が突然熱を出し

大変だーと発熱外来のやっている病院をさがす。

家族はこの際どうでもよくて、問題は私だ。

私は、心臓病の持病があり、去年癌になったばかりだったので

コロナにかかるとまずい。

かかってしまったら発熱外来で見てもらい早く薬をもらわないと

エクモを使っての生きるか死ぬかになってしまうのである。
病院に到着すると、病院の外をぐるっと歩き

普通の病気の人たちがいない場所に到着する。

狭い待合室で、ベンチが並んでいる場所にうなだれている人たちや

具合の悪くなっている人たちに混ざって私たちも座る。

うわわわ、コロナじゃなくっても、コロナになりそうな空間だ。

その場所に検査後90分間待たされて

検査結果を先に家族が聞く。

「陽性です」と言われ、これを飲んでくださいと

薬を渡され待合室から出された。

えー、コロナなのー???

想定しながらも、シヨックだった。


次は、私の名前が呼ばれ「陰性」ですと言われる。

えー、土日とずっと一緒にいたんですが

車だってマスクなしで一緒に乗っていたのに

それでも陰性か???

それは、間違いではないのでしょうか...とお聞きするも

看護師さんが、

「熱が出たら、とにかく電話してすぐに来るようにして。

一刻をあらそいますから」

そ、そうですか...(ちーん)。


と、言うことで「濃厚接触者」となってしまった。

かかってはいないのだけど

かかっているかもしれないじゃんというポジションである。

つづく